方便を究竟と為す 特別編

方便を究竟と為す

特別編

 

 

切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ

踏み込みゆけばあとは極楽

 

先日、休みというのに千葉文化センターまで、大川会長と事務の小寺さん、松崎さんといっしょに千葉文化センターで行われた、『千葉県在宅ネットワーク平成25年度第2回研修会』に行ってきたのだ。断っておくのだが、なんだか現在執筆中の「その十六」に登場する「バカボンのパパ」が頭の中に居座ってしまい、語尾が「のだ」になってしまうのだ。そのうち治ると思うので「少し様子を見てみましょう(開業医の十八番、テキトーなのではなく「適当な」、人間の自然治癒力に信頼をおいた言霊)」なのだ。

基調講演の前半は「知」の上野千鶴子先生が、後半は「情」の小笠原文雄先生が話されたのだが、この組み合わせはまるで、佐々木小次郎(上野先生)と宮本武蔵(小笠原先生)が切り結んでいるようで、良いコンビだと思ったのだ。特に、上野先生は学者だから伶俐な印象なのだが、先生が集めた情報に基づいて語られる今後の見通しがあまりに絶望的な内容なので、それを聞き終わった後は、まるで線香の香りの中を、「御愁傷様で・・・(チーン)」てな感じになってしまったのだ。例えば、「国はもう病院は本当の急性期のみであとは在宅にしようとしている」とか、「国はもう金のかかる老人ホームは作らない」とか、「現政権は消費税もいつの間にか社会保障以外で使おうとしている」、「今後はひとりだろうが、家族がいようが、家で死ぬのは当たり前になる」などなど。この通りのお言葉ではなかったかもしれないが、概略こんな感じで話が続き、トドメの一撃は(「倍返し」ではなく「ツバメ返し」なのだ!「バカボンのパパ」だから「オヤジ・ギャグ」も許されるのだ!)、上野先生が挙げられた「おひとり様が在宅で死ぬ為の3点セット」が、「24時間の訪問医療、24時間の訪問看護、24時間の訪問介護」とすべて「24時間」の但し書き付きで来たもんだから、ノックアウトなのだ。何故かというと、今いろいろアンケート調査中だが、いまのところ当地区で「夜間対応型訪問介護」や「定期巡回・随時訪問サービス」を提供できる事業所はないからなのだ。これをお読みの先生方も、24時間の「対応」でなく「訪問」と言われたら、「ドン引き」になるに違いないのだ。

ただし、講演ではこのあと、歌手の南こうせつさんにお百姓を10年くらいさせたらこんな感じになるかというような小笠原先生が登場して、「仕事を終えてからの往診なんて本当に嫌なもんですよ、皆さん」「まあ、あんまり難しく考えんで、家で死んだらいいじゃないか」(まさしく、「これでいいのだ!」の精神なのだ)てな雰囲気で、ご自身の体験例を中心にココロが暖まる救い話をされたのだ。だから、聞いている皆さんは、ちょうど映画『宮本武蔵』を見終わったあとのように、「小次郎破れたり!」(ここでの「小次郎」はもちろん上野先生ではなく、上野先生によって俎上にのせられた在宅医療・介護の絶望的な状況を意味しているので誤解なきようお願いするのだ!!)てな感じで暖かいココロで帰ることができたのだ。フムフム。あーっ! しかし困ったなのだ!! 当地区で予定されている上野先生のご講演は私の話の後なのだ。もとより在宅医療の経験・知識の乏しい自分に小笠原先生の代わりが務まるはずもないのだが、最後に上野先生のあの在宅医療・介護の現況の話を皆さんが聞いたら、きっと会場をあとにする皆さんの姿を見たよその人は、「今日はよほどエラい人が亡くなったのだろう。みんなあんな悲しそうにトボトボ歩いて・・・」と思うに違いないのだ。うーん。また、頭をかかえてしまうのだ。これは大ピンチなのだ・・・・・・。

 

 

頭を抱えて寝たためか、とんでもない夢をみたのだ。以下思い出しながら書いてみるのだ。なんだか「ももクロ」の恒例の茶番劇に沿った内容だったのだ。

 

夢の中・・・・

(「ももクロ」の「赤色」担当(以下「赤」)、「我らがアホリーダー」の呼び名も高い百田夏菜子さんがケータイ電話でお助けロボである「あーりんロボ」を呼ぶ。まあジャイアント・ロボの「ももクロ」版)

赤:「お願い、助けて、あーりんロボ! 茂原市長生郡の在宅医療がピンチなの!!」

(ここで段ボール性のロボットの衣装をつけた「あーりんロボ」こと「ももクロ」のピンク色担当(以下「ピンク」)、佐々木彩香さん(愛称:「あーりん」)が『だってあーりんなんだモーン』というソロの持ち歌のBGMとともに舞台の袖から登場し、「あーりーん!」と叫び、茶番が始まる」

ピンク:「ピンク?」(「あーりんロボ」はピンチをピンクと聞き間違えている)

赤、黄、緑、紫(以下「他のメンバー」):「ピンチよ! ピ・ン・チ!!」

ピンク:「ピンクー!?」

(ピンチをピンクと聞き違える茶番がひとしきり続いた後で、「赤」が今回何故「あーりんロボ」を呼んだか、茂原市長生郡医師会の在宅医療担当理事が悩んでいる事情を説明すると、「あーりんロボ」はしばらく考えるフリをしてからオモムロに・・・)

ピンク:「わかったわーっ!」」

(皆喜んで答えを待っていると・・・)

ピンク:「悩まなければいいのよーっ!」

他のメンバー:「そっかーっ!最初から悩まなければいいんだ! 良かったね、安藤先生!」

ピンク:「こんなのオチャノコあーりん!」

(と言って去ろうとする「あーりんロボ」に向かってツッコミ役で参加しているお笑いタレントの「東京03」の飯塚悟志氏があきれながら「おいっ!お前ら何が良かったね、だ!なんにも解決してないじゃないかーっ!」と叫び、茶番が続く・・・)

 

ここまで来て夢からさめたのだ。あービックリしたなのだ・・・・が!、ちょっと待てよ!!!なのだ。聞き違えには重大な無意識からの情報が隠れているとフロイト先生も言っていたが、とてつもないことに気づいてしまったのだ!

 

冒頭の歌は、勝海舟が『氷川清話』の中の『余裕と無我』と題した項の中で、昔の剣客の歌として取り上げているのだが、宮本武蔵の詠んだ歌が元だとの説もあるのだ。それはさておき、この歌の前段「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ」はまさに「ピンチ」の状態を示しているのだ。切り結んでいる太刀は人間の思考が作り出す価値観の対立、つまり「悩んだ状態」を指していると思うのだ。在宅で死ぬか病院で死ぬか、胃瘻を付けるべきか付けないべきか、家族による看取りは必要か必要でないか、最期まで病気と戦うべきか戦わないべきか、などなど。どちらが正しいか、2元対立であり、思考のおしゃべりには際限がないのだ。そして後段の「踏みこみ行けばあとは極楽」は、その2元の対立を超えて進んで行ったところ、つまり「あーりんロボ」が「悩まなければいい」といったところに非2元の世界、無我の境地、極楽があると言うのだ。2元対立の思考のレベルを超えたところに魂の座である非2元のハートの世界がある。そしてハートを象徴する色は・・・、「ピンク」なのだ! こいつはビックリなのだ! 海舟が「無我の妙諦は、つまり、この裡に潜んで居るのだヨ」と賞賛した昔の剣客の心境を述べた歌と、現代の「ももクロ」の茶番が見事にシンクロしており、同じ真理を異なる仕方で表現していたのだ! 「ももクロ」恐るべしなのだ! 言い換えると、「あーりんロボ」は「ピンチ」を「ピンク」と聞き違えることを通して地獄の状況を極楽の状況に変えてしまうという恐るべきお助けロボだったのだ〜っ!! (ホンマカイナ?)

 

 

坂口安吾の『青春論』には、いかに宮本武蔵があらゆる状況を臨機応変に活用して死地を乗り越えたかが書かれているのだが、小笠原先生と上野先生の共著である『小笠原先生、ひとりでも家で死ねますか?』(朝日新聞出版社)を読んでいると、上野“小次郎”が「これでも在宅ひとり死が可能か、武蔵〜!」と斬りつけると、「小次郎の負けだ! こうすれば(と言いつつ、ドラえもんがポケットから様々な道具を持ち出して何でも解決してしまうように、あらゆる手練手管を使って)在宅でひとりでも死ねる!!」と小笠原“武蔵”が斬り返すといったアンバイなのだ。

最近は猫も杓子も「在宅、在宅」で、やたらに会合やセミナーが多いのですが、思考の力に頼ってばかりでは埒が開かず、『会議は踊る』状態ではないでしょうか。在宅看取りの要諦は小笠原“武蔵”の「まあ、あんまり難しく考えんで、家で死んだらいいじゃないか」の一太刀、というか一言で十分ではなかろうか。ごちゃごちゃ理屈ばかり言って勝手に「ピンチ」と思い込まず、まずは与えられた状況と資源を最大限に利用して無我の境地で今一歩踏み込んで行動していけば、「ピンチ」的状況はいつの間にか「ピンク」色のハートの世界に変わるということなのだと思う今日この頃です。

(この文章は「茂原市長生郡医師会報 平成26年2月号」に既に投稿されたものを、医師会事務局の許可を得て一部改変して掲載しています。)