方便を究竟と為す その弐拾参

投稿日:2016年8月7日|カテゴリ:クリニックブログ, 方便を究竟と為す

方便を究竟と為す

その弐拾参

(この文章は平成27年秋に医師会雑誌に投稿されたものです)

 

先日、千葉の幕張メッセで“ももクロ”が「親子大会」を開くというので今年82歳の母親をつれて出かけてきました。母はいまだにゴルフをしているので、足腰に不安はありませんでしたが、果たして“笑顔の天下”を目指す御主君方が高齢者の目にどう映るか興味がありました。今後「シニア大会」、「チョイワル老人大会」あるいは「おとぼけ老人大会」ができるのか、良い試金石になると思いました。そもそも「親子大会」である以上、親子での参加が必須条件でしたが、自分の子供たちを参加させるのは針の穴にラクダが通すくらい望み薄だったからです。

 

主催はピンク色担当の『絶対アイドル』“あーりん”こと佐々木彩夏さんでした。“あーりん”は以前書きましたように、「おじいちゃん・おばあちゃん大会」をしてみたいと言っていましたし、以前から「子供祭り」というのはありましたので、今回わざわざ“親子”と銘打つからには高齢の親を連れての参加も想定しているに違いないとピンと来たのです。果たしてその通りでした。

いや、親子で観劇?に出かけるなぞ何年ぶりかと感慨にふける一方で、はたしてこんな高齢者を連れてきているフアンはほかにいるのだろうかと不安も。しかし会場に到着すればそれも杞憂に。50−60歳代はゾロゾロ。70歳代になるとはさすがに減りますが、80歳代も5−6人はいましたし、最高齢はなんと86歳とのこと。いつもよりもさらに老若男女の多彩な組み合わせが目につきますし、どうみてもシロウトさん、あるいは真っ当な社会人、しかもいい年した大人たちが、人目でそれとわかるオバカなモノノフたちと一緒に会場を闊歩していたからです。しかし果たしてここは“アイドル”のライブ会場なのだろうか・・・・。ももいろクローバーZ(MCZ)が世界に“天下布笑”の旗印を掲げるのもそう遠いことではあるまいと夢想にふけるのでした。

 

話は変わり、本当の夢の中。前回、弘法大師の「即身成仏の頌」をいじって文章を書いたところ、夢でうなされてしまいました。鮮やかな月輪を背景に端座する大師のお姿。怒っておられるのか、手に持つ五鈷杵を振り回しながら興奮して盛んに何かお話になるのですが、こちらは危なくてしかたない。五鈷杵というのは神々が手にもつ雷(イカヅチ)を模したものとの説もありますので、ももクロの紫色担当の“感電少女”れにちゃん(高城れにさん)ではないですが、ビリビリ感電!でイチコロになるところでした。しかし大師が何をおっしゃっているのかはサッパリわかりません。大汗かいて目が覚めましたが、言われたことがどうしても思い出せません。悩んでいると家人から、昨晩は「うんうん」うなされていたようだが、どうしたのかと聞かれ、ハッそうか! 大師は『吽字義(うんじぎ)』のことをおっしゃっていたのだと気がつきました。

 

大師はこうおっしゃったのです。最近は高野山の奥の院で祈ってばかりも飽きてきたので、お前がももクロ、ももクロとうるさいから、わしもときどきDVDを観ておる。高野山は緑が豊富じゃから、わしは緑色担当の『小さな巨人』“ももか”(有安杏果さん)推しじゃ。エヘン。それはともかく、今回お前の目を通して一緒にライブも生で観てみたのじゃ。例の“親子大会”じゃ。わしも、ももクロのライブは世界のすべての人々に笑顔と喜びを伝えられるのではないか、と感心しておったのじゃ。するとある大事なことにはたと気がついた。それを人々にぜひ伝えたいのだが、いかんせん、いまわしは物質としての肉体を使えないのでかわりに書いてくれというのです。それは大師が物質的身体で活躍しておられた当時の日本では、著書である『吽字義』に書こうにも書けなかったは、恐るべき“吽字”の秘密なのでした。

 

* 「おまえの文章は長過ぎて誰も読まない」と母が言うので以下は

その弐拾四に。乞うご期待のほど。