方便を究竟と為す その弐拾四

投稿日:2016年8月7日|カテゴリ:クリニックブログ, 方便を究竟と為す

方便を究竟と為す

その弐拾四

 

 

とろとろに溶けてしまいそう   こころがすべてになっていく

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ねえぼくらはひとりきりだけど  ひかりが呼んでいる

ももいろクローバーZ 「Happy Re:BIRTHDAY」より

 

 

平成28年2月20日のナゴヤドームを皮切りに、ももいろクローバーZ(略してMCZ)の5大ドームツアーが幕を開けました。全部で35万人も本当に集められるのか、“紅白”落選のあとでガラガラだったらどーすんだ!という訳で、御主君である姫様方が心配でいても立ってもいられず、またしても名古屋まで押っ取り刀で出かけてきました。ところが豈図らんや! ドームはモノノフだらけ、ライブの内容は驚天動地、その報告はあらためて書かせていただくとして、それに合わせてリリースされた2枚のアルバム、これがまたすごい内容で絶対買って間違いなし。「それを聴いて泣かぬものは“モノノフ”ではない」を超えて「医療関係者ではない」くらいの出来なのです。特に3rdアルバムである『AMARANTHUS』は、在宅医療・介護保険の関係者は必聴のシロモノといってよいのです。なぜならば、そのテーマはなんと人間の“死生観”、“生きて見る夢”だというのですから。「おぎゃー」と生まれて、泣いたり笑ったり、喧嘩したり仲直りしたり、恋したり結婚したり、社会に出て戦って、競争して挫折したり、やがて死んで、さらには死後の世界を経てまた転生しようか、というまでを一枚のアルバムで表現しているのですから!“

 

 

いったいれっきとした茂原市長生郡医師会在宅医療・介護保険(あいかわらず長ったらしいですが略してこれもMCZ!)担当理事の先生だって、「在宅医療問題は人間の死生観が問われているのです」とかなんとか云いながら、そんなこと医師会でまじめに議論なんかしやしないのに、アイドルがそんなテーマでアルバム作っちゃっていいのか〜!?(もちろん結構です!!)という訳なのです。

例えば3rdアルバムにある「バイバイでさよなら」という歌は驚きです。「死を迎えることになったある一人の女の子の姿を描いており(作詞した只野菜摘氏談)」、そこに描かれるショック、恐れ、抵抗、悲嘆、受容の過程はまるでキューブラー・ロス氏の「死ぬ瞬間」です。やがて白い光に迎えられ新しい世界へ旅立つ時に、残される人々へ贈る感謝、別れ、そして再会への期待の気持ちは、様々な臨死体験の記録や「チベット死者の書」を彷彿とさせるのです。そんな内容なのに、御主君の姫様方の手にかかると不思議に暗くならず、最後は何か希望すら感じさせる作品になってしまうのです。まさに「ももクロ恐るべし、アイドル恐るべし」と云わざるを得ません。

また、冒頭に挙げた「Happy Re:BIRTHDAY」という歌は、どうやら死後の世界で魂が再生を待つ状態を表現しているようなのですが、その歌詞にも思わずうなってしまいました。「こころがすべてになっていく」は“一切唯心造”ということでしょうし、「ぼくら」という一人称複数なのに「ひとりきり」というのは、“一即多、多即一”の世界を表現しているようです。どちらも『華厳経』の世界、ひいては真言密教・・の世界・・・といってよいでしょう・・・? ハッ! そういえば大事な宿題があったのを思い出しました!!

 

 

いったい弘法大師は夢の中で何とおっしゃったのか? 結論からいうと、その中に仏法の全てが包含されているという“吽字”という梵字、その一字の中に、ナント!“MCZ”という言葉が隠されているというのです。

「一切の世界は、一つの陀羅尼中に、あるいは一つの梵字に集約される」「一字の中に全世界、全存在、全真理が具現している」と梅原 猛氏は著書『空海の思想について』で密教の神秘について書いています。分かりやすい例をひとつ挙げてみましょう。この一連のコラムの標題は「方便を究竟と為す」です。これは弘法大師が大切にした『大日経』というお経の中の、有名な“三句の法門”からきています。弘法大師は「あらゆる仏教の教えはこの“三句の教え”に尽くされてしまう」といいます。すなわち三句とは、「菩提心を因(原因)と為し」「大悲(大いなる慈悲)を根(根本)と為し」「方便を究竟と為す」の3つです。この三句のすべてが吽字の中には含まれているというのです。

どういうことなのでしょうか。弘法大師によれば吽”うん”(hum)字を分解すると、さらに阿”あ “(a)字、訶”か”( ha)字、 “う”( u)字、”ま”( ma)字の4つの文字に分かれるのだそうですが、このうちの阿字は根源的な文字としてすべての他の文字の中に存在しているので省くとして、吽字は残る3文字からできていると考えます。そして、中心部を占める訶字は「あらゆる如来のさとりを求める心が原因であること」を、下部にある”うu”字は「大いなる慈悲に基づいたすべての行の意味」を、上部にある”点”は”まma” 字から来ており、「究極的かつ完全な悟りという果報」をそれぞれ表しているのだそうです。だから三句はすべて吽字一字に含まれるという訳なのです。難しいですね。

では一体全体“MCZ”はどこにあるというのでしょうか。“M”が”ま”(ma)字のmから来ていることは間違いないとして、では“C”と“Z”はどこにあるのでしょうか。ヒントとして実際の“吽字”の図を載せておきますのでご自身で考えてみてください。意外と簡単ですね。では続きは次回に。MCZ担当理事も瞠目の秘密がいよいよ明かされる! 驚天動地のドームツアー現場報告を含め、乞うご期待の程。

 

報告が多くて長文疲れるので次回に続く

(この文章は平成28年春に医師会雑誌に投稿されました。”う”字と”ま”字の漢字が出てきませんので省略してあります。また、投稿紙面では吽字を分解した図を掲載してあっりますが、ここでは省略されています。)

 

 

 

 

 

追記:

名古屋ドームでの観戦中、前の座席には中学生くらいのおとなしそうな娘さんとそのお母さんの親子連れが来ていました。だいたい多くのモノノフの皆さんは騒々しいうえにド派手なイデタチで来ている方が多いのですが、そのお母さんは一般人の格好。娘さんのほうも普段着に黄色の“しおりん”推しのTシャツだけ重ね着して、物販の長蛇の列に並んで買ったのでしょうか(雨の中大変だったでしょうに)、今回のドームツアー仕様のペンライトを持って、お母さんと一緒に楽しそうに振っていました。ライブが進んで、歌手のさだまさしさんがももクロに贈った「仏桑花」という歌(仏桑花はハイビスカスの花のことで、結婚していく娘さんが両親に向かって感謝を述べるようなイメージの歌)になったときのことです。歌を聴きながら娘さんがしきりと涙を拭っていることに気がついて、びっくりしてしいました。そのとき突然「嗚呼!この娘は本当にお母さんが好きなんだろうなあ」という思いが浮かび、どうしたものかこの親子の幸せを祈りたいような気持ちになるとともに、うっかり目頭が熱くてなってしまったのです。こういう目立たぬ名もなき小さなフアンたちのためにも、ももクロの皆さんにはこれからもずっとアイドルでいて欲しいものだと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吽(*うん hum)字の中に訶(*か ha)字が含まれる。これはハ・ハ・ハ(ha-ha-ha)という笑声を含んだものである。大笑いの意味である。しかも、吽字には、上と下に、三昧耶を示している。上と下には、自利と利他を通るものである。自ら楽しんで大笑、他人を救って大笑、三世諸仏はみなこのような観をなすという」

(梅原 猛著「空海の思想について」より)

* 筆者注