方便を究竟と為す その弐拾壱

投稿日:2016年8月7日|カテゴリ:クリニックブログ, 方便を究竟と為す

方便を究竟と為す

その弐拾壱

(この文章は平成27年春の茂原市長生郡医師会報に投稿されたものです。時間が前後しますが、「その弐拾参」の親子大会の話や「その弐拾五」の話題とも関連するので、今回同時に掲載することとしました)

 

 

『夢の浮世に咲いてみな』

(ももいろクローバーZ vs KISSのコラボ新曲題名)

 

 

原稿を書くのは大変なので、もう書くのをやめようかと思っていましたが、預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ!)がヒッラの岩窟で大天使にクルアーン(コーラン)を「詠め!」と詰め寄られたごとく、何者か(医師会長?事務長?まさか!いやいやもっと大きな力だ・・・)が「書け!」と言っているような気がして胸が苦しいので、また思いつくままくだらないことを書いてみました。どうぞお暇でしたらお付き合いください。

 

 

「良き武将は戦場で死ぬものだ・・・」

(NHK大河ドラマ『武田信玄』 原美濃守の言葉より)

 

この年末・年始はインフルエンザや感染性胃腸炎などが猛威をふるったので皆さん大変な思いをされたことと思うのですが、当院のような地の果ての診療所も大混乱の極みでした。最後の最後で小生も熱発してしまい、正月休みで滑り込みセーフでしたが、危ないところでした。あげくの果てには年明けてから仕出し弁当が原因の食中毒に職員が巻き込まれ、病み上がりの私と新人事務員1人、古参看護師1人でウンカのごとく押し寄せる患者の大群に立ち向かうこととなりました。要するに映画『北京の55日』みたいな有様で、なんでこんなに働かんといかんのか!と腹が立つやらむなしいやらを通り越して、笑っちゃいますねと職員と冗談半分で話しました。ここまでくると、“ランナーズハイ”でなく、“ワーカーズハイ”ってやつです。

上の言葉は放送当時の台詞どおりでは無いかもしれませんが、武田の猛将“原虎胤”役の宍戸錠さんがドラマの中で語ったことばです。板垣や甘利という歴戦の名将たちには華々しい討ち死にの名誉があったのに、自分は死に遅れて老いさらばえて果てることになりかねないことを嘆いているわけです。昔の武士は老いて寝たきりになり、人に下の世話をしてもらいながら死ぬというのは望まなかったのかもしれません。

昨年、これからは「在宅医療・介護戦国時代」だと書きましたが、過労死する開業医が増えるのではと懸念される一方、自分たちの将来を考えると、ぼけて寝たきりになり厄介者になって死にたくはない。それなら武将にとっての戦場での討ち死にならぬ、職場での過労死も美しい死に様かという気がしなくもない。現実にはコロリと逝かないことが多く、救命されて寝たきりなんてことになりかねませんので楽観はできませんが、そう考えて肚を据えれば気が楽になるし、あれやってくれこれやってくれと言われても腹が立たんし、心にゆとりができて笑って生きられそうです。

 

 

時は戦国   嵐の時代

でっかい心で 生きようぜ

(「少年忍者風のフジ丸」主題歌より)

 

そうと決まれば、勇気を奮い立たせるテーマ曲が欲しい。パッと浮かんだのがこの歌、懐かしいTVアニメの登場です。歌詞もドンピシャ。時は在宅「戦国時代」(在宅医療・介護戦国時代は長くて舌を噛むので短縮)、気象は急変、人心もすさみ、疫病が流行する「嵐の時代」、「でっかい心」、大きな心で生きなければやっていかれない。大きな心とは? 弘法大師の『十住心論』にいわく、生きどおしの大日如来の心だ! 明け渡しだよ、明け渡し! その「大きな心」にすべて明け渡して恐れず生きるのだ!! バカボンのパパの「これでいいのだ!」の精神でいこうなのだ。どうもまだ熱病が完治せず、朦朧としているようなので、意味不明の話はご容赦願いたいなのだ。

 

 

死のうは一定 しのび草には何をしよぞ 一定かたりをこすのよ

(織田信長が愛唱した小唄)

 

「戦国時代」だからたくさん悲惨なことも起こるのでしょう。下克上だからオカミの思い通りには動かなくなっていくでしょうし、2025年に向けて人はたくさん死んでいくのでしょう。しかし戦国から安土桃山の文化を知れば、人々は悲惨な時代を、明日をも知れぬ時代それ故に、逆に命を燃焼して激しく彩り豊かに生きたことがわかります。甲冑や陣羽織の鮮やかさひとつみてもそれはうなずけるでしょう。この小唄の意味は「人は必ず死ぬものだが、後の世にも語り継がれるようにするにはどう生きようか、それが自分の生の証として人々の語り草となろうから」というようなことらしいですが、信長の覚悟が現れていて面白いです。

 

 

色の無いこの世界  塗り替えろド派手に

絢爛豪華誰だって  一生夢見人さ

その人生を    彩るのは愛と夢だけなんだ

君という錦の華  咲かせましょう

(ももいろクローバーZ vs KISS 『夢の浮き世に咲いてみな』より)

 

最近病院にはいられないし、そもそも入院して延命治療はごめんだし、医者の世話にはなるべくなりたくないし、施設もきらいだし、介護者もいないけれど・・・家で死にたいから何とかしろという困ったお年寄りが増えてきました。かと思うと、いつまでも元気で、かえって息子や嫁の方が先に逝ってしまい途方にくれる要介護老人もいます。こういう実際に体の弱った、本当に具合が“ワルい”お年寄りがいる一方で、ヤングやミドル顔負けに行楽地やゴルフ場を闊歩し、いつになったら耄碌するのだとヤングやミドルに眉をしかめられるような元気印のお年寄りも目立ちます。こういうお年寄りは、今後は“ちょいワル老人”と呼ぼうと思います。

上の歌詞は、今度ももいろクローバーZとロックグループのKISSがコラボで発表した新曲からです。KISS側が作曲し、ももクロ側が詞をつけています。昨年末にはNHKが1時間の特番を組んでコラボの様子を放送しましたが(サイコーデシタ!)、その中で作詞した岩里祐穂さんが、「KISSもももクロというグループもみんななんかこう、恐れずに枠を壊してきたグループだと私は思っていて、『まず怖がらないで、恐れずに生きろ』ってメッセージを入れたんだと思っています」と話していました。

地域包括ケアだの多職種連携だの言葉でいくら飾っても将来がバラ色に変わるわけでもなし、この灰色の時代を「ド派手に」、彩り豊かに「塗り替え」て、「絢爛豪華」な「華」を「咲かせ」て生きる責務は、他人ではなく個々人が自ら負っていると考えて生きる必要があろうし、そのほうが愉快というものでしょう。シニアは頑張ってあとから来るミドルやヤングの手本にならないといけない。頑張れシニア! 日本の平和を守るのだ!

そういえば2013年1月にNHKがTV『おはよう日本』で、紅白初出場を果たしたももクロに新春インタビューを行った際、ピンク色担当の“あーりん”こと佐々木彩香さんが、「今度は“おじいちゃんおばあちゃん祭り”をやってみたい。みんなでお手玉とかするの」と話していたのを思い出しました。シニア大会、いいねえ。茂原市長生郡在宅医療がらみで何とかできないものか。何たって“どちらもイニシャルMCZ”ですからね。

しかしだね、あーりん! いまどきお手玉して遊ぶそんな古典的でカワイイお年寄りが存在していると思うかい? 仮にいたとしても絶滅危惧種に間違いなしだ! いま巷にあふれているのは、芝生の上で細い棒切れをブンブン振り回して小さな玉を誰が一番遠くまで飛ばせるかで争ったり、カラオケで歌いすぎてのどをつぶしてみたり、車をぶっ飛ばして田んぼに落っこちてみたり、バスで押しかけては宴会して騒ぐような、“ちょいワル老人”ばかりなんだよ。しかしこうして書いてみると、本当に励まされなければいけないのは、こんな“ちょいワル老人”を支えていかなければいけないミドルやヤングのほうかもしれない。トホホホ・・・。

まあ冗談はさておき、あーりんにお願いしてお年寄りを鼓舞するためのイベントをやってもらうとすれば、さしずめ火野正平さんをゲストに迎え、『〜在宅戦国時代を生きる〜 人生下り坂最高! “ちょいワル”老人万歳!! 夢の浮世に最期のひと花咲かせよう会』と銘打ったアゲアゲのライブを行うことになるでしょう。その際は、このKISSとももクロのコラボ新曲がテーマ曲にはドンピシャだと思いますよ。ええ、本当に。

安藤五徹

 

追記1:書き終えてから気がついたのですが、KISSのグループ最年長ジーン・シモンズさんは当年とって65歳だそうで、立派な“おじいちゃん”です。TVで“ゴジラ”と言ったときの彼の日本語の発音がうまいのには驚きましたが・・・。嗚呼、それにしてもさすがはももクロ! あーりんが言っていた“おじいちゃんおばあちゃん祭り”とは高齢者ロックグループKISSとのコラボのことだったのか。しかしKISSのおじいちゃんたちとロックで荒ぶるももクロはかっこいいなー。(ジーン・シモンズ風に)アナタガタハ、サイコーデス!

 

追記2:番組の中でジーンと並んでKISS結成からのメンバーであるポール・スタンレーは、ももいろクローバーZのことを“モモイロクローバー・ジー”と呼んでいました。アメリカではこういう場合Zをジーと読むのかもしれませんが、なんだか“ももいろクローバー爺(じい)”に聞こえてきました。まるでポールが自分をモノノフの爺さんと呼んでいるようで(1952年1月20日生まれだからポールも今年で63歳?)おかしかったのですが、さしずめシニア夫婦のモノノフを表現すると“ももいろクロー婆(ばあ)爺(じい)”となるでしょうか。これは使えるかもしれん。